軍豆日誌 1――― 副官の教訓1『我慢のさせ過ぎは、その後の支障が大きくなる』 ~*~*~* 「エドワード君、お願いが有るの・・・。 ――― 副官を引き受けてくれないかしら?」 「・・・・・はっ?」 現副官のホークアイからの爆弾発言に、エドワードは暫し返答に困って固まってしまった。 エドワードが短期の士官学校を主席で卒業し、グラマン総統が約束してくれた通り、東方のマスタング准将の元に配属されて暫く経った。 軍属時代を過ごしていたとは云え、士官学校卒業のペーペーでは、通常の業務をこなすだけでも、毎日が飛ぶような速さで過ぎて行く。 そんな自分に副官などと・・・。自分以外に他人の面倒まで見れるわけがない。が・・・・・、そんな事など、この優秀な鷹の目が気付いていないはずはないから、この申し出にはきっと重大な意味が隠されているのだろう・・・・・。 「ホークアイ少佐、それって何かの作戦?」 囮捜査とかなら判る。か弱いどころか、多分東方で1番強いと判断される彼女だが、あくまでも女性なのだ。そう云うことなら、男の自分が選ばれても不思議ではない。 きっとそうに違いないと返事を待つが、彼女は困ったように笑って「いいえ」と首を横に振る。 その反応に更に困ったのはエドワードの方だ。 「じゃ、じゃあ ――――― とうとう愛想が尽きたとか・・・」 1番恐れていたことで有り得そうなことを訊ねてみる。 ここにロイが居れば『どういう意味だ!』と詰め寄ってだろうが、幸い現在執務室に軟禁中だ。溜め込んだ書類の決裁が終るまでは、当分出ては来れないだろう。 無能な上司では無いのだが、やや手が掛かる感が有るのは否めない。 やる時には誰よりも瞬発力と機動力を発揮する癖に、気が向かない職務内容にはのらりくらりと逃げを打っては、彼女に叱られている姿を何度も見かけていた。 エドワードのその問い掛けに、驚いたように目を瞠りその後笑って噴出す彼女の様子に、―― 違った ―― とほっと安堵する。 兎に角、彼女以上にあの男を飴と鞭を使い分けて、尻を叩ける者は居ないと断言できる。彼女に見離されれば、それがあの男の運の尽きではないかを思うほどだ。 ここに居ないはずの男の憤慨の声が聞こえた気がしたが、それを頭から追い出して降参して彼女に真相を聞くことにした。 「じゃあ、一体どういう理由で・・・?」 エドワードが真剣にそう尋ねると、ホークアイは暫し困ったような表情をしていたが、(驚いたことに!)頬を染めて彼女とは思えない小さな声で理由を告げたのだった。 脱走が防がれて、しゃかりきになって書類の決裁をしていると、ホークアイが入室の許可を取って部屋に入ってくる。 「ちゃ、ちゃんとやってるぞ!」 条件反射のように言い訳を口にしてしまう自分が少々情けないのだが、長年に培われた習性は簡単には治らないようだった。 「いえ、お仕事中に申し訳ないのですが、少々お話が・・・」 思いつめたような表情でそう告げてくるホークアイに、ロイは只ならぬものを感じて、ソファを勧めたのだった。 「実は・・・・・、暫く休暇を頂きたいと思いまして」 思ったような深刻な内容ではなく、ロイは肩透かしを喰わされた気になって「どれくらい?」と特に気にも止めずに聞き返した。 「出来れば、3ヵ月後から半年ほど休暇を頂ければと・・・」 「―――――― え?」 思わず3日後に半日の休みをと聞き間違ったのかと、何度も首を捻りながら聞き返す。 「・・・・・すまない、上手く聞き取れなかったようだ。 悪いがもう1度期間を言って貰えないか?」 申し訳なさそうな表情で彼女が答えた期間は、やはり最初の期日で間違っていなかったようだ。 「ど、ど・・・・・どういう理由で?」 思わず動揺で言葉にどもる。その間にも頭の中では、走馬灯のように迷惑を掛けた行いが走り回っていた。 「実は、大変言い出し難い理由なのですが・・・・」 そう言って言葉に詰まる彼女の様子に、ロイは知らず知らずの内にごくりと唾を飲み込んでいた。 ::: 「ハボックっ、直ぐにこちらに来いー!」 ロイの大きな呼び声に何事かと顔を覗かせると、不機嫌そうな上司の表情と、困ったようなホークアイ少佐が揃って自分を見ている。 「な、なんすか?」 また何か失敗でも発見されたのかと、恐る恐る訊ねてみると、上司は言葉にもせずにむすっとした表情で手招きしてくる。 これは真剣にやばそうだと思いながら、覚悟して近づいて行くと。 「そこに座れ!」 とホークアイの横を差す。 「・・・はぁ?」 座った途端、頭を拳骨で殴られる。 「―――ってぇ~~~! 何すんですかぁ! いきなり酷いじゃですよ」 そんな抗議の声にも、ロイは腕組をして怒ったままスルーしている。 「――― 何するかだと? それはお前の方だ!! どうしてもう少し計画性を持ってやらないんだ!」 男同士での怒鳴り合いになって、やや言葉の品が悪くなっているのにも、逆上気味のロイは気づいてない。 「やるって・・・、何をやるって言うんですか!?」 「そんなのは決まっているだろう! セッ・・・―――」 思わず叫びそうになって、出掛った単語を必死で引っ込める。 呆気に取られているハボックを見ながら、ゴホンと咳をして横のホークアイに視線を流す。 「――― 実は、子供が出来たのよ・・・」 ハボックはその言葉にロボットのような動きで首を曲げると、口元からタバコをポロリと落とした。 口をOの字に開いたまま、自分を指差しているハボックに、ホークアイはこくりと頷いて返した。 「や ―――――― やったぁぁぁ~~~! とうとう、俺も親父になるのかぁ~~~!!!」 感極まってホークアイに抱きつくハボックの喜びようには、困ったような様子を見せつつも、彼女も嬉しそうに微笑んでいる。 その後、ハボックが落ち着くのを待って話し合いが進められた。 「―――――― すみませんでした・・・・・。 俺もちゃんと気をつけてはいたんですけど」 どうりで上司が不機嫌なはずだ。謝りつつも弛む頬を戻せない。 「――― まぁいい。・・・・・おめでとう」 その言葉は心からだ。自分を信じ待っていてくれた彼らを、ロイは1度裏切りそうになった事がある。もう2度目は無いとは思っているが、同じような事になった時、『絶対に』とは自分でも言えない。 そんな苦労を背負ってきてくれた者達の祝い事だ、祝福する気持ちが誰よりもある。 「あ、あ、ありがとうございます! 俺、良い父親になります!!」 もう名前まで決めそうな勢いのハボックの頭を、もう1度叩くと、 「物事には順序があるだろうが、この馬鹿者が!」 籍も入れていないのだ。まずはそこから始めなければならないだろう。 「・・・・・そ、そうか、そうですよね」 「全く・・・慌ただしくしおって。式も今から大急ぎで準備しないと駄目なんだぞ」 検査の結果、12週目を過ぎたとの診断だったから、丁度今から準備すれば安定期で時期も良いだろう。お腹が大きくなってしまうと、ドレスも限られてくるだろうし、動きも取り難くなるだろう。 「結婚式―――・・・」 また夢の中へと入っていった父親予定の男は置いといて、二人で話を進めていく。 「知り合いの女性にウエディングプランナーが居るから、彼女に連絡を取ってみよう」 「お知り合いの・・・女性ですか?」 含みのある言葉に、ロイは「ただの友人だ!」と要らぬ誤解を持たれないように念を押しておく。 「・・・そうですか、失礼致しました」 過去の所業が色々と有るので、ついつい懸念を抱いてしまうのだ。 「と、兎に角、彼女に話して、1度君とハボックで話し合う機会を設けよう」 「私事でお手数をお掛けして申し訳有りません」 「いや、目出度いことだ。私に出来る事はできるだけさせてくれ」 真摯なその言葉に、ホークアイは有り難い気持ちで頭を下げる。 「問題は・・・」 「そうだな、問題は・・・」 ホークアイの後釜なのだ。いくら安定期まで無事に来れたからと、絶対と云う事は無い。しかも職場が職場だ。自分恋人が仮に妊娠したら、即座に退職させただろう。 一応、ロイは彼女にもそう勧めてみる。 「いえ、私だけそのような特例を設けられては、後の者に示しがつきません。退職するのなら別段問題にはならないでしょうが、復帰する事を考えると軍務規定に沿うようにしないと」 「――― ハボックは納得しているのか?」 妻となり母となった女性を、軍のような職場に復帰させるだろうか・・・・・。―― 自分なら、絶対に無理だろう。 そのロイの言葉に、ホークアイはふっと笑いを零す。 「私たちを嘗めないで下さいね」 その頼もしい言葉に、今度はロイが頭を下げるのだった。 「で、後任に関しては私に心当たりが有ります」 「心当たり?」 「はい、一任して頂ければ、必ずや納得頂ける副官を連れて参りますので」 ホークアイがここまで言い切るのだ。かなりの人材なのだろう。 「判った・・・。君に任せよう」 そんな経緯が有ってから既に1ヶ月が経った。 ホークアイが身内にも絶対に言わないで欲しい。言うべき時が来たら、自分達の口から伝えたいのでと、固く緘口令を申し付けられたので、誰にも言えずに来たのだが・・・・・。 さり気なく仕事内容を内勤中心に変えて、勤務時間も負担が無いシフト割にもしてはいるが、いつまでもこの手だけではもたないだろう。 そろそろ、「最近、ふくよかになってきた」と褒め言葉ではあるが、言われるのを耳にするようにもなってきたのだ。 どうしたものかと頭を悩ませている間に、今度はエドワードが配属されてきて、そちらに気がいってしまったりして、気づけば残すところ後一ヶ月を切る段階に迫っていたのだ。 ~*~*~* ロイが心配している頃、顔を赤くしたり青くしたりしている者が1名。 「エドワード君、大丈夫?」 先ほどから一人唸ったり、頬を揺るめたりと忙しい彼に、苦笑しながら様子を窺ってみる。 「え!? あ、ああ・・・、そのぉ、おめでとうゴザイマス」 ペコリと頭を下げて祝福を伝えてくるエドワードに、ホークアイも嬉しそうな表情で「ありがとう」と返してくる。 そんな彼女の為になら、自分が出来ることは何でもしてやりたいが、さすが彼女の申し出は難題過ぎる。ここは一番の適任者のブレダが後任に着くべきだろう。 そう話すエドワードに、ホークアイは「普通ならね」と苦い笑みを浮かべている。 が、彼を動かすとなると、そこには新しい者を配属してもらわないと、司令部の機動性が著しく落ちてしまう。現状のメンバーの中では、ブレダ程の知見を養えている者は居ないし、戦術や戦略を立てれるものもいない。他から入れるには、まだ復帰後のロイの地位は安定していないのだ。どこでどんな者を紛れ込ませられるかの危険を負う。 その調査をしてから入れていたのでは、時間も掛かるし引継ぎも出来ない。 そう説明してくれるホークアイに、エドワードは済まない気持ちで一杯になる。自分自身が招いた事で、こうして司令部のメンバーに今また迷惑を掛けてしまうのだ。 「エドワード君、それは違うわ」 エドワードの誤りを正すように、ホークアイはきっぱりと否定する。 「あの時の事は、全員が了承したことなのよ。そして、あの人もあなたもこうして無事に戻って来てくれた。―― それで約束ははたされたのだから。迷惑を掛けてしまっているのは、むしろ私達の方なのよ。 ごめんなさいね、油断していたわけではないのだけど・・・」 暗にそちらの方面を匂わせる言葉に、エドワードが赤くなってしどろもどろに、「迷惑だ何て思ってない」とだけ必死に返した。 ――― しかし、驚かされた。 ハボックと付き合っていたことも気づかなかったし、まさか彼女がに・・・妊娠、していななんて、もう丸っきり思いもしなかった。 ――― あいつ・・・! 俺にくらい言ってくれれば良いのに。 同居人の顔を思い浮かべながら悪態を吐く。 (彼がそれを聞けば、『同棲だ!』と反発しただろうが) 家に帰ったらとっちめてやると思いながら、話を先ほどの件に戻す。 「―― 俺も自分が出来ることなら、何でもしたいけど・・・、やっぱり今の俺じゃ、経験不足過ぎるよ」 彼女のようにとは無理なので思わないが、足を引っ張らない程度さえ出来そうにもないのだ。経験だけは如何ともし難い。 そんなエドワードの悩みを、彼女は強く吹き飛ばしてくれる。 「いいえ、あなたなら出来るわ。これは資質を備えたあなたにしか出来ない役職なのよ」 強く言い切られて、思わず腰が引ける。 「や・・・俺にしか出来ないって言われても・・・」 大体、副官に必要な資質って何なのだ? 優秀な頭脳だろうか? 如才ない対応なのだろうか? 腕組して頭を捻るエドワードに、彼女はその資質をずばりと言ってのけた。 「副官に必要な資質はね。いざとなったら、尻を蹴飛ばしてでも仕事をさせることよ」 真顔でそんなことを言われて、目が点にならない者はいないだろう。 世の副官は、皆そんな風にして上司を働かせているのだろうか・・・。 ::: 結局は押し切られる形で、エドワードは期間限定の副官業務に着く事になった。ホークアイからロイに正式に紹介された時、ロイが手を打って喜びそうな様子を見ては、更に複雑な心境に陥った。 「・・・・・大丈夫かなぁ」 家に帰ってそんなことを呟きながらソファに転がっていると、風呂上りのロイが乗っかってくる。 「勿論、大丈夫だ。彼女が保障したんだ、なら間違いない」 「・・・あんたは自分ごとじゃないから」 ぷぅとむくれるエドワードの頬を指で突付きながら、ロイは笑って宥めてくる。 「まぁまぁ、そう悲観するもんでもないぞ? 士官学校主席の君だ、何とか務まるさ」 「はぁ~・・・、何とか・・ね」 士官学校の成績と、副官業務は別もんだとは思うが、引き受けた立場上、何とかするしかないのだ。学んだことが、ほんの僅かでも良い、役立ってくれることを願うしかない。 そんな切なる願いで自分は心を痛めていると云うのに、この男は・・・。 気づけばシャツの裾から手を差し込んできているのだから。 「・・・・・何やってんだよ」 険のある声で嚇すように言ったのに、今度は首筋にキスをしてくる始末。 「・・・・ん? まだ何もしてないが?」 悪びれない回答に、頭痛がしてきそうだ。 「おら! とっとと退けよ。今日はしないぞ!」 明日から引継ぎが始まるのだ。余計な体力を使っている余裕などない。 「どうして!?」 驚いて余計に体重をかけてくる相手に、エドワードは両手をソファに突っ張って強引に退かそうとする。 「どうしてもこうしても・・・じゃないだろうが! あんたの副官をきちんと勤めれるようになるまで、こういうのはナシ! そんな余裕は無い!」 そのエドワードの宣言に、ロイは目を剥いて驚いてみせる。 「――― 酷すぎる! 君、気づいているのか? この前は配属されたばかりだからと、私はずっとお預けを喰らっていたんだぞ! それを今度は副官をこなせるようになるまでだと? 私が干上がったらどうしてくれるんだ!」 「それ位であんたは丁度良いんじゃない?」 ロイの抗議など取り合わず、エドワードはさっさと部屋へと戻って行こうとする。 「エドワード!」 後を追いかけてきそうなロイの勢いに、エドワードはさっと連成陣を張って近づけないようにする。 こういう時は、陣を使わずに練成できる自分の方が有利だ。 「!? ――― エドワード、私を怒らせると・・・痛い目を見るぞ」 喚くロイを無視して自室へさっさと戻って行った。夜這いを掛けられてもうっとおしいので、階段にも細工を加えておく。 ちょっと扱いが悪すぎるかと思いもするが、これもロイの為なのだと考え直す。 兎に角、1日も早く新しい職務を覚えることだ。 そう心に誓って翌日に備えたのだった。 ~*~*~* ――― 副官とは、こんなにもハードだったのだろうか・・・・・。 引継ぎの初日から、余りの膨大な業務に唖然とさせられた。 これをそつなくこなしていた彼女は、もしかしなくても東方司令部内で1番仕事が出来るのでは? ロイのスケジュール管理は勿論。それに関わる全員のシフトに、護衛の手配。届けられる報告書の仕分けから、それぞれの担当者への配布。締め切りの確認に、誤字脱字ミス文章のチェック。会議の資料内容確認に、準備。そんな業務から、果ては招待状、郵便物の確認に返信や見舞い状? リストの確認にそれらの手配・・・・・こんな事が副官の職務に入るのだろうか? 「ごめんなさいね。うちは秘書を置いてないから、ちょっと雑用も混じってくるの」 でもそうそう有るものじゃないから大丈夫よと、軽く言ってくれる彼女の能力が恨めしい。ロイには(秘書くらい入れろ!)とか思うが、それが女性だとやっぱり少し複雑な気になるから、ここは頑張るしかないのだろう。 そして、当然自分の業務はこなさないといけないわけで・・・・・。 エドワードは最初の1週間は、司令部の仮眠室で寝泊りをして過ごす。どんどんとロイの気配が険悪になっていくのも気に出来ないほど、業務修得に没頭して過ぎて行ったのだった。 休み返上で引継ぎをこなしていくが、次から次へと追加されていく仕事内容に、もう果てはこないのではないかと諦めの境地を抱くまでに陥った。 そして、漸く全ての業務に辿り着いた時。 エドワードは心からの達成感を感じていた。 ―――まだ、任にも就いていない内から。 「エドワード君、良くやりとおしてくれたわね。本来なら、ベテランの者でも数ヶ月はかかる業務内容だったから、無理をさせてしまっていると思ってはいたの・・・」 やはりこの内容は軍人ペーペーの自分のキャパを超えている。 が、ボロボロにはなったが何とか期間までには引き継げたのだ。それらが上手くこなせるかは別だが、後はやるしかない。 少しだけ目だってきたお腹と、彼女の穏やかな表情だけがエドワードの心の励ましだった。彼女が戻ってくるまでの間、死力を尽くして頑張り通してみせる。そう心に誓うエドワードに、彼女は最後のアドバイスを伝授してくれた。 「飴と鞭は重要よ。根を詰めさせても、臍を曲げさせても業務は捗りません。一定の安定した幅にコントロールする事が重要ね」 ふんふんと頷きながら記憶していく。 「サボりもある程度、息抜きとして認めてあげないといけないのだけど、仕事の詰まり状況を判断しない脱走の場合は、制裁は思いっきりしないと駄目。癖になると困るのは自分よ。ちゃんと相手にも学習させていかないとね」 その威厳ある言葉に、思わず彼女の背後に後光が見えた気がした。 「エドワード君なら大丈夫だと信じているけど、もし手に負えない状況に追い詰められた時は、必ず1度私に相談しに来て頂戴。 ・・・多分、あなたに必要な助言を出来ると思うの」 その言葉を仕事の内容や、過重だと思って聞いていたのだが、意味が違ったと判るのはもう少し後のことになる。 「では本日から宜しく頼む、エルリック副官」 君が悪いくらいの上機嫌な様子で、ロイはエドワードに手を指し伸ばしてきた。その手を握り返しながら、挨拶を返す。 「よ、宜しくお願いします」 緊張の初日だ。けじめとして職務中は態度も使い分けるようにと、ホークアイからも言われていた。教えられたマニュアル通り、本日の予定から読み上げていく。 午前中は時刻通り何事もなく進んでいく。会議が入っていたから、エドワードはその間に進められるだけ自分の業務を進めていく。 会議から戻ったロイがエドワードを呼びつけて、査察に出ることを伝えてくる。 「査察・・・ですか?」 予定にはない行動だったが、イレギュラーは付き物だ。昼食時間の調整で何とかなるだろう。 「護衛を手配しますので、暫くお待ちを」 電話に手を伸ばすエドワードの腕をやんわりと押さえ、 「護衛は必要ない。そのまま君が随行してくれれば構わないから」 そう言われて一瞬悩むが、それも調整可能だろうと、司令部のメンバーにその旨を伝えて、ロイの後を着き従っていった。 「・・・・・ここ?」 胡乱な目で相手を睨むが、ロイはどこ拭く風でエドワードを誘って入っていく。 「いらっしゃいませ、マスタング様。お待ちしておりました」 支配人らしい男性の迎えの言葉に、どうやらこれが彼の計画の内だと気づく。 「あんたなぁ ――― 初日から、俺にミスをさせたいのかよ」 「そういうわけじゃないが、食事くらいは構わないだろ?」 昼食と云う事でアルコールは出なかったが、炭酸入りのミネラルウオーターがグラスに注がれる。 「引継ぎお疲れさま。大変だったろ?」 「あ・・・――」 微笑みながらの労いに、エドワードは言葉も詰まる程感激した。 「ささやかだが、これは私からの就任の内祝いのつもりだ。後日、ハボック達の祝いと共に皆で正式な場を設けることになっている」 こんな風にさりげなく嬉しいことをされれば、エドワードだって感動もするし、嬉しくもなる。 「・・・ありがとう。ごめんな、色々とあんたにも迷惑掛けて・・・」 この一ヶ月間、大人しく協力してくれていたロイにも感謝の言葉を伝える。――― それが早計だったとは、後々判る事になるが・・・。 「いいや? 君が就任してくれるこの日を、私もどれだけ待ち侘びていたか・・・。嬉しいよ、エドワード」 にこりと笑ってそう伝えてくるロイの表情は、いつもと変わらないと云うのに、何故だかこの時、エドワードの背筋にぞっとするような悪寒が走ったのだった。 「???」 今の感覚は何だったのだろうか?と首を傾げて考えていると、ロイが料理を勧めてくるのに気を取られて、あっさりと気のせいで片付けてしまったのだった。 食事は文句なく美味しく、久しぶりの恋人との時間だ。時間はあっと言う間に経って、午後からの業務の時間が迫ってくる。 「やばい! そろそろ戻らないと」 3時までに決済を終らせて送らねばならない書類が圧しているのだ、悠長に食事を楽しんでいる場合ではない。 「やれやれ、そんなに焦らなくとも、大丈夫だと云うのに」 早く早くと急かすエドワードに呆れながらも、ロイも逆らう事無く司令部へと帰ってくれたのだった。 3時までの決済も思ったより順調で、余裕で相手先に送ることが出来た。ほっとして気づいたのは、「飴」のことだ。 「3時の時間だし、珈琲でも淹れて持っていってやるか」 残業はいつもの事だから、それまでに少し息を抜かせて置かないといけないと、気を利かせて隣の執務室を開ける。 そこには珍しい事に、期限の決済も終えたというのに、デスクに向かって仕事を進めているロイの姿が有った。 (へぇ~、なかなか偉いじゃん) 仕事への姿勢の基準が下がっている事には気づかずに、エドワードはそんなロイの姿に感心させられた。 「お疲れさまデス。少し休憩されては如何ですか?」 「――― ああ、後はこれだけなんだ。済まないが、そこに座って先に飲んでいてくれ」 トレーにカップが2つ有ったのを見たからだろう。ロイはそれだけ伝えると、書面に目を通し続ける。 「あ、ああ・・・」 何やらそんなロイの態度が腑に落ちない気がするが、切が良いところまで進めるのは、別段おかしなことではないかと思い直して、ソファで先に珈琲を飲み始める。 ものの数分もしない内に仕上げたらしいロイが、書き終えたものを引き出しにしまったのが判る。 「・・・・・さて、漸く終わったな」 そう呟くと、ロイはエドワードに声を掛けて部屋を出て行こうとする。 「資料を探しに行くので、君も手伝ってくれ」 「え? ・・・今から、直ぐに?」 淹れた珈琲に口もつけてないのに・・・。 「戻って来てから飲めば良いだろ?」 そう言われれば、その程度の時間ならと立ち上がって並んで資料室へと歩いて行った。 そして昼間の悪寒は気のせい等ではなかったのだと、気づかされたのは重い扉が締められた後だった。 錬金術関連が収められている重要書庫を使うのは、この東方ではロイとエドワードしかいない。どうしてそんな重大なことに思い至らなかったのだろうか。・・・自分の脳は、本当は馬鹿なのかも知れない。 「あっ・・・ああぁぁ・・・」 背後から抱きしめられてソコを扱かれると、思わず腰が揺れる。 「・・・君も随分、溜っているようじゃないか?」 耳朶を甘噛みされながらそう耳に吹き込まれれば、甘い痺れが背筋を走る。書棚を握り締めるようにして、下から這い上がってくる快感を逃そうと、頭を振りかぶって熱い息を吐き出す。 そんなエドワードの様子を、ロイは愉しそうに小さな笑い声を上げて苛めてくる。 「ほらほら、こんな姿勢のまま達けば、稀少な本が汚れてしまうぞ? もっと我慢しないと」 くすくすと笑い声を上げながら、そんな意地悪なことを囁いてくる。 久しぶりの刺激で、エドワードのそこがロイの手の中でぐしょぐしょになっているのは、判ってて言ってるのだ。 ぐっと唇を噛み締めて、堪えようとした瞬間を狙ったようにロイの爪先が先端を引っかくように刺激してくる。 「―――――― っあぁ!!!」 ぶるりと背が震えるが、ロイが固く握り締めたソコは達く事が出来ないまま。出せない熱情は怒り狂ったように、エドワードを身の内から苛んでくる。 ぐっと棚に掴む掌に力が籠もる。頭を俯かせ必死に振るが、刺激を与えるだけで、ロイは手を離してくれようとしない。 「・・・・・な、なぁ・・・ も、もう・・・許して・・・ぇ」 薄っすらと涙を溜めた目で、エドワードにそんな風に強請られれば、恋人のロイとしても満更でもない。 「――― しかし、本を汚しては困るだろ?」 その原因を引き起こしている人間に言われたくはないが、今のこの切羽詰っている状況では、そんな考えは些末な気もしてくる。 「お、お願いだから・・・・・ぁああっ!」 懇願してくるエドワードを更に煽るように、ロイは器用な指を駆使して一層酷く絞り上げてくる。 この男のこういう時の手際の良さにはいつも感心させられているが、 今も下肢を暴かれ乱れたシャツを羽織っているみっともない格好のエドワードに比べて、ロイは襟元だけ寛がしたまま涼しい顔でいたぶっているのだ。悔しいと思いつつも、溜る一方の熱にそろそろエドワードの忍耐の限界も近い。 がくがくと震える膝を何とか堪えながら、エドワードは振り返ってこの状況を愉しんでいる憎らしい男に頼み込む。 「――― も・・・我慢、できない・・・」 縋るように訴えると、この時を待っていたとばかりに意地悪な笑みを浮かべて聞いてくる。 「どおして欲しい?」 判り切ってるだろうが!? と怒鳴りたい気持ちを寸でで堪え、悔しそうに唇を噛み締めながら。 「――― 頼む・・・・・・達かせて・・・―――」 と、小さな声で哀願したのだった。 「いいだろう。・・・全く君は強情だ。素直に強請れば、苦しい思いをせずに済んだのに。まぁ、そんな処も君の魅力なんだがね」 くるりとエドワードの向きを入れ替えさすと、ロイは躊躇いもなく膝まづいてエドワードの泣き虫なソレを口元に含んだ。 「あああぁぁぁ―――!!!」 長く我慢させられ過ぎて、含まれただけの刺激でも感じ入って嬌声が上がる。先ほどまでのもったいぶった態度とは裏腹に、ロイの舌はエドワードを達かせようと容赦がない。 チュッチュッ ジュルズルと卑猥な水音を派手に上げながら、舌戯を繰り出してくる腕前? 舌前? の前には、エドワードはあっさりと陥落した。 「ヒッ・・・! あぁぁぁ―――・・・・・」 高い声が喉を震わせて掠れて出て行く。 崩れ落ちそうなエドワードの腰を強く掴んで、ロイは最後の一滴まで吸い上げるようにして搾り取った。 ぐったりと座り込んで放心しているエドワードの前で、満足そうに笑みを象る濡れた口元を手で拭い、ロイは窮屈になっていた前を寛がし始めたのだった。 「エドワード・・・・よくもお預けを喰わせ続けてくれたな・・・」 恨みの籠もった声が耳に届いた。その声質の陰湿さから、これはよっぽど腹に据えかねてたんだと冷やりとするが、力の抜けた四肢は直ぐには動けそうにもない。 結果・・・・・。 ロイの気が済むまで、散々冷たい床の上で弄られ捲くったのだった。 ぐったりとなったエドワードを背に、書庫から意気揚々と出たロイは、概に定刻を過ぎているからと、そのまま送迎の車に乗り込んで帰路に着いた。そして第2弾は心ゆくまで家で、久しぶりに触れる恋人の体を堪能したのだった ――― 副官の教訓1 『我慢のさせ過ぎは、その後の支障が大きくなる』 |